利用者さんの声

□入賞された作品です。

《入選》

しあわせは小さな社会から

                  豊田市小川町  田中 弘子

♪名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ

 利用者である田川氏が譜面台に載せた譜面を見ながらハーモニカを演奏する。他の利用者12人とそこに居合わせた職員の方々が声を合わせて歌いだす。ハーモニカの音色と歌声とが見事にマッチして、トレーニングルームがと「上を向いて歩こう」だ。皆さん月に一度のこの演奏会を楽しみにしている。

 ここは愛知環状鉄道、新豊田駅の西に位置する歩行リハビリデイサービス「アルク」。私が週二回お世話になっている介護施設。今回「令和五年度明るい社会づくり実践体験文」の募集を知り、これに相応しい「アルク」をこの舞台に紹介したいと思った。

 「田中さーん、こんにちは、お迎えに参りました」今日の送迎車のドライバーは熊本県を故郷にする男性、上田さんだ。この方は人間味のあることで私は好きだ。「スマホ」に収めた様々な写真を見せてくださる。少し足に支障があるが、その様なことはなんのその、周囲の者に元気を与える。口癖は「障がい者の自分を働かせてくださるアルクさんに感謝」。最近、甥御さんを誘い込んだ。この甥御さんも利用者に評判が高い。「アルク」には送迎のための車両が3台あって、旧豊田市内を中心に高橋地区、遠くは猿投地区の利用者さんを対象にしている。

 送迎車が施設の玄関口に着く。出迎えてくれるのは、責任者の松澤さん、この人の心配りの見事さには驚く。年齢を知るとその若さに二度、驚く。平素は笑顔だが、いざ仕事となると厳しく利用者を指導する。先日も「歩いていませんね。足のむくみは歩くことから解消します」と注意を与えて下さった。

 管理者に手を取られてエレベーターに乗り込む。ビルの三階が目指す目的の「アルク」。トレーニングは、まずは足ダンスから始まる。指導者は中村さん、長崎県出身者。

 ♪あなたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 仙波さ

  仙波山にはタヌキがおってさ

 いつ聞いても郷愁を覚える、てまり歌。用心のために学校の運動場にある鉄棒に似た長い低い鉄棒が設えてあるが、それを握り利用者は指導者の掛け声に合わせて足ダンスを楽しむ。足ダンスは右足、左足、そしてまた右足の順番だ。私たちの声が段々小さくなると、そこに発破がかかる。「皆さん、声を出して下さい。声を出すことは健康につながります」。この中村さん、年齢を知ってビックリする。体形が素晴らしいから。これが終わる機種を使っての基本的なリハビリ体操に入る。そして、後半はみんなの好きなボール・ゲームだ。楽しい時間帯である。利用者、職員が混ざっていて実に楽しい。間隔を50センチほど開けて椅子に座り、お隣にボールを渡す、手渡ししながら「ほいほいほい」と掛け声を掛けるのだ。手元が狂い、ボールが列からはみ出すと笑い声が。成功しても、また笑う。一番端っこにいる人に次々とボールが渡されるとぼんやりしてはいられない。自分の年齢を忘れて童心に戻る一時だ。そのあと、椅子に掛けてのチューブ体操、そしてフィナーレは骨盤体操だ。丸三時間があっという間に過ぎる。その間、私たちがけがをしない様に見回ってるのが、これまた、明るくて元気に女性たちだ。

 アルクさんにお世話になりだして、早いもので六年が経過した。ことの起こりは、スーパーマーケットの入口の敷居に足を取られて転んだことだった。一応は治療したものの両足に障がいが残り要支援2の認定をもらいケアマネージャーさんの紹介で通所しだしたのだ。

 私は当初、介護施設に対する印象を明るいものにしてなかった。当然、身体に不自由な方たちが利用する施設なのだから、暗くて当然という考えからである。ところが私の思惑はうれしい方へ見事に覆されたのだった。まず、驚いたのは利用者さんの誕生会を持ってくれることだった。主人公には趣のある冠を被せて下さる。その人を中心に他の利用者が椅子に腰をかけて職員と声を合わせて「誕生日の歌」を歌う。力強い手拍子に合わせて。その後、これからの一年の抱負を言わせていただく。最後に記念写真。何と心のこもったイベントであろうか。生きる希望をそれとなく与えてくれるのだ。施設側がそうであるならば利用者の方の心構えもそれに近いものになってくるのは当然のことと言える。

 そんなある日、車椅子の利用者の方が入ってきた。席は私の隣になった。私は、その様な方と接触した経験がなかった。でも、私の隣というご縁を頂いて、その方と仲良くしたいと思った。そのような利用者にもアルクさんはきちんと少しでも歩行が可能になることを想定して運動をさせてくださる。そのような時、私は「頑張ってね」と声を掛けた。あまりうれしそうな顔色が見えなかったことから言い方を変えてみた。「頑張ってますネ」と。案の定、相好を崩して喜びを表してくれたのだった。言葉一つでこうも変わるものかとしみじみとしたものだ。励ましの言葉一つで、こうも変わるのだ。それ以後、私はよく考えて言葉を発する様になっていた。少しでも世の中が明るくなれば良い。私にできることはそれしかない、と。

 私は明るくしたい対象を広く社会に求めることは、もう不可能と思っている。私の出来る範囲にアルクさんを選んだ。いうなれば。この施設は小さな社会である。世の中はこの小さい社会が寄り集まって、大きな社会を作り上げていることを思えば私のやり方には間違いないと思う。ハーモニカ演奏をして下さる田川氏もおそらくそうだろう。田川氏はみよし市にある名古屋刑務所においても受刑者に向けて演奏するという。

 リハビリ施設「アルク」でのその日の全てのスケジュールが終了した。時計は四時を指している。

 「楽しかったわ、有難う」利用者が述べれば、職員も異口同音に「私たちも楽しかったです」笑顔笑顔で送迎車は出発する。帰りのドライバーはアルクきってのやり手の「大田」さん。六年前この大田さんが素晴らしい笑顔でケアマネージャーさんと共に我が家を訪問してくださったことを今も忘れない。

 さあ、明るい社会を築こう。私の出来る範囲で。

≪アルクより≫

 田中さん、おめでとうございます。素敵な作品をありがとうございます。この内容に恥じないよう、そして、これからもご利用の皆様の沢山の笑顔が見られるよう、職員一同さらに取り組んで参ります。

 

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